nuruinemuri

タイトルに偽りアリ

君のために生きていくね

 「絶対女の子がいいな」とは絶対思わなかった。でも、君があたしの腹にいることが確定したとき、不思議と「絶対女の子だろうな」と信じて絶対疑わなかった。神様がセックスに快楽を与えたのは、人間に子孫を残させるためだと聞いたことがある。しかし、いざ産むときは、どうしてこんなに痛むのだ。しかも女だけが。どうせなら、産むときこそシャブ以上の快楽を与えてほしい。さすれば、出産する人間はもっと増えるだろう。そんなことが無理なのは承知のうえで、十月十日をさまざまな心境で過ごす妊婦たち。うちらの赤子の目の前には、SASUKEのファーストステージのアレよりはるかに高く、頑丈な「痛み」という名の壁が立ちはだかる。どんな形であろうとも、現代医学を持ってしてでも出産は命懸けだと思った。ちなみに、一個前のブログは陣痛促進剤の痛みに悶えながらも、今日産まれるのは確定したため、脳みそナチュラルハイでフル回転、気付けば自分でも驚きの速さでしたためた。今の気持ちを残しておきたかった。

 

恐怖心からか、血圧が下がっているからなのか、オペ室であたしの体はひどく震えていた。今日まで本当にいろんなことがあった。麻酔のチューブや太い針を刺されているあいだ、走馬灯のように妊娠期間の記憶が脳内を駆け巡る。禁煙のストレスとホルモンバランスの変化で些細なことで泣き、寝ても寝ても眠く、磯丸水産、551、香水の匂いでえずき、挙げ句の果てにうどんが上手くすすれずこぼしただけで「こんなんじゃお母さんになれへん」と号泣した妊娠初期。夜間の激しい痛みでで「もう赤ちゃんダメかも」と涙しながら救急車に運ばれた夜もあった。食べられるものが減り、好きな自炊が楽しくなかった。ガツンとみかんと、なか卯のおろしすだちうどんにありがとう。安定期と言われるものの、どんどん腹がデカくなり、息はよくきれ胃は圧迫され、移動が億劫になった妊娠中期。でも旅行に連れ出してもらったのはよかった。着られる服が減ったのはさみしかった。ゴールまであとちょっと!と思いながらもそれがなかなかやってこず、健診終わりにひっそり毎回泣いた、妊娠後期。一番辛かった。毎日5〜7000歩のウォーキング、100回のスクワット、軽めの有酸素運動を2種類ほど。妊娠前より運動しまくった。だいたいいつも筋肉痛。

 

手術が始まると、震える体とは裏腹に、案外冷静でいられた。皮膚が焼けるようなにおい。これ知ってる、二重整形したときと同じやつ。本当は8ヶ月前の今頃、顔面にメスを入れているはずが、腹をいじくられているなんて。など色々考えていると「旦那さん呼んで」と呟く先生の声。あ、これはきっとあと少しなんだ。そして個室で待機させられていた夫が入ってきたとき、安堵で嗚咽が止まらなくなった。余計に震えるあたしの頭をそっと撫で続けてくれた夫の手。そこから体感5分ほど、いやそれすらなかったかな、「おめでとうございます!」とそこにいた人たちが口々に言う。産まれたのか。視界はビニールシートで覆われていたため、実感など全く湧かないが、「ちゃんと産まれたぞ!」と主張する、小さな甲高い声。

麻酔と震えで上手く喋れなくなっていたあたしが、泣きじゃくる彼女にかけた最初の言葉は「おはよう」だったらしい。夫は「それがなんかよかった」と言ってくれた。おはよう、あたし達のかわいいかわいい赤ちゃん。さっきまで水の中を漂っていたのに、地球一日目なのに、君ってばずいぶん上手に泣くのね。腹を掻っ捌いたあたしより、はるかに大きい声だ。よりによって、猫の日と呼ばれる2月22日、午後の2時58分、2時台滑り込み。それに合わせたかのような、猫の鳴き声みたいな「ふにゃあ」という声がした。猫と赤ん坊の声が似ているとは、よく言ったもんだ。とにかく、あたしからはまだ何も見えない。だから余計に猫がいるように思った。

待ちくたびれて朝が来た。うちらの夜は、うんと長かった。主役は遅れて登場するっていうでしょ?散々焦らされたもんね。あたしがどんなに呼びかけても、頑なにドアを開けてくれず、とうとう予定日より15日も遅れて42週と1日。42週台で産まれてくる子は、母子手帳をもらって速攻電話しないと分娩予約が埋まってしまうくらい人気のこの産院でも「年に4、5人しかいない」と。そのうちのひとりになった、のんびり娘。おそらく、もう外に出られることを知らないままだった、うっかり娘。進まなかった計画無痛分娩の分と併せて、三度の陣痛促進剤に耐え、決して心拍を落とすことがなかった、超タフ娘!ボブ・マーリーと同じ誕生日になるかと思いきや、細美武士と同じになった。本当に来たんだ。

ずっとずっと会いたかったよ。君はうちらの元に産まれたが運の尽き、毎日くたくたになるくらいたくさん笑わせてあげる。一緒に頑張ってくれてありがとう。ようこそ地球へ!

 

まだ術後で寝たきりのためだっこできていないが、代わりにだっこマスターになりつつある頼もしき夫。人たらし動物たらしである彼は、エケたらしでもあった。娘がパパっ子になるのがもう目に浮かぶ。夫はあたしをそっと抱きしめながら「偉すぎる、よく頑張ったな」と讃えてくれた。確かに、胸を張って人生で一番頑張ったと言える。しかしそれは、あなたが側にいてくれたからできたことだよ!ひとりじゃできなかった。一緒に頑張ってくれてありがとう。

 

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友人各位へ、生物学上と戸籍上では母親になりましたが、入籍したときと同様に、あたし自身は何ら変わっていないつもりです。しかし妊娠中はどうしてもメンタルが不安定で、自分とエケのことで精一杯になり、連絡が滞ったり、心配をかけたかもしれません、ごめんなさい。励ましてくれたり、ただ話を聞いてくれたり、支えてもらいました。ありがとう。また落ち着いたら友達みんな会いたいな。これからもエケ共々よろしくお願いします!

 

 

今日の一曲

GOLD DAY / Sparklehorse

君に一番最初に捧げる曲は、これって決めてたんだぞ!

 

 

 

おまけ

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そして図らずも一年前の伏線を回収。今なら確かに言えるなあ。

そして朝を待ちきれない僕らは

毎日小ゲロを飲み込みながらスクワットをしていると嫌でも脳みそがクリアになり、毎日賢者モードで、道頓堀に浮かんだ空き缶がどんぶらこと流れるのよりも遥かに速く流れていくタイムラインをぼーっと眺めて気付いたことは、低い経験値を持ってしては緻密に立てていた計画でも予定通りに進むことは本当に少ないということと、この世でいちばん気持ち悪い質問は「男女の友情は成立か?」だということ、演者が言ってて萎える一言は「推しは推せるうちに推せ」だということだった!うるせーうるせー!置いてくなタイムライン!行かないで2月!

かくいうあたしは、好きなあの子にはフラれっぱなし。今、三度目の正直で軟禁中。かぐや姫に惚れた男どもが無理難題を言いつけられて命からがら頑張っちゃうの、今ならあたしもわかる。会いたいのに、こんなに会いたいのに!ここまで恋心をこっぱみじんにされたのは、人生で初めてだ。君のハートは難攻不落、君に会うまでの道のり難航フラグ?!なんかとんでもないマイペースな人に惚れちゃったっぽいぞ。好きな男とそっくりの口元をもごもごさせて。どんな言葉を紡ぐのか?どんな味が好きになるのか?どんな声で泣いて笑うんだろう。うちらみたいに笑い上戸かな。あたしよりずっと早い鼓動。よぎるクロマニヨンズの「エイトビート」。音速ジェット、つきささるリズム。

梅の花は今週の雨でだいぶ散っちゃった。でも大丈夫、うちらには桜がある!散歩に出よう。一緒にお花見をしよう。今しかできない、精一杯のおめかしをして。世界は広いよ、君もきっと気にいるよ。


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愛(藍、つまりあたし)だけはここで待っているのさ〜!

 

今(2024年10時9分)の一曲

愛の傘下 / 片想い

 

 

いとしの時限爆弾

旧約聖書の創世記には、神はたった7日間で世界を作ったとされている。十月十日で人間を作り育て産みだすのもすご〜と思っていたのに、やっぱり人間は神にはかなわない。

幼さとは、愚かで儚いものだと思う。その愚かかつかわいかったころのあたしは、部屋に男の子を招くとき、どんなに身ぐるみはがれても、絶対に化粧だけは落とさなかった。すっぴんを見せるということは、裸になるよりはるかに恥ずかしいことだった。どちらも見られるのではない、あたしの意思で見せないのだ。自分のプライドと比例して荒れていた素肌、隣に眠る男の子の意識があるうちには、絶対絶対絶対に見せない。ばかばかしいかもしれないけれど、こちとら全力の武装だった。この生活もいつ終わるかわからないので、なんとなく思い出してみる。君を守りぬくと決意したのは、たったの数時間後だった。もう二度と会わないのだろうなと思った人、きっと誰にも執着なんてしなさそうな人に必死に縋られた日。もう二度と傷付きたくなかったし、終わったことだと追い返すつもりだった。本当の優しさとは何かを教えてもらったばかりだったから。でも、他人に興味がなさそうなその人がぼろぼろ涙するもんだから、武装していた化粧が全部剥がされてしまった。あたしより先に君を守ると決意をしたのは、その人だったみたい。何が写ってるのか皆目わからない写真を小脇に抱えて、病院の下のドトールの窓際席へ。喉に刺さるミラノサンドは特別しょっぱくて、大好きなコーヒーの代わりに頼んだ、脳天をぶち抜くくらい冷たい紅茶で流し込む。何もわからず、こわい気持ちが勝った。彼の黒目に光がさしたのは初めてな気がした。君の入っていた袋と同じくらいの輝き、別人のようなまなざしだった。

意思は、いつ芽生えるのだろう。君がここにやって来たのには理由があったのか?自分がなぜ産まれたかもわからないのに。などと自問自答している最近のあたくしは、体の進化とともに、日ごと調子が芳しくなくなっていくけれど、ちょっとした仕事をし、あまつさえヨガなどを嗜んでいて、とてもかっこいい。機械じゃないんだゾ。君もきっとあたしと同じくらい、今必死なんだろう。そっちの居心地はどう?そろそろ狭っ苦しいだろうね。あたしはね、ちっちゃなあんよを手のひらに感じながら、君へのプレゼントを考えているところ。今は大寒、ピンクの梅の花もぽつぽつ咲き始めた。体に時限爆弾を抱えているような毎日と反し、春うらら、今日はやけにあったかかったよ。伝えたいこと考えておかなくちゃってことか。

 

 

今日の一曲

WINDLESS DAY / シャムキャッツ

 

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毒ではなとれる

 

今、あたしは実質宇宙

喉元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったもので、すっかり寒くなった今ではもう、あの初夏の苦しみなどほとんど思い出せない。磯丸水産、551、ミスディオール、それらの匂いでえずいては涙目になっていたことなど、遠い昔のことのようだ。記憶は改ざんされ、都合よく作られている体。とても重たい体。「今、藍ちゃんは実質宇宙なのか」と彼は言った。

「好き」と言われるたびにどれくらい?と訊くのがあたしの癖になっていた。MTGが好きな彼は、おそらく語彙力というたくさんのカードを持っていて、瞬時にさまざまなデッキを組むことができるのだ。

木星くらい」「上はエベレスト、下はマリアナ海溝くらいまで」

結婚、つまり家族になるということは「好き」とか「嫌い」とか、そういう次元を超越するものだと思っていた。もちろん、恋人の延長線上に婚姻関係があってほしいけれど、世の夫婦を見ていると恋愛を超えた家族愛がほとんどな気がしていた。だから、ある日「藍ちゃんに嫌われたかと思った」と言われたとき、君はまだそこにいるの、可愛いね、と思った。彼にとってのあたしは「好き」の延長なんだなと思うと、たまらなく愛おしくなった。

 

毎日眠くて眠くて気が遠くなる。まぶたを閉じてしまえば、うっかり1日が終わる。それ以外のことに体力を使うなよと本能が警告しているみたいだ。暖冬だと言われていたが、年が明け、すっかり寒くなった。確かに今年は秋なんてなかった。カナヅチなのに、水の中を漂う夢をよく見る。これがあなたの記憶なら、どんなに嬉しいことか。「寒い」と文句を言いながらもやっぱり冬でも半袖で眠る男を横目に、周りからの「冷やしちゃだめだよ」という教えを律儀に守って、大袈裟なくらい厚着するあたし。冬が寒くてよかったためしなんてないけど、あたしと彼を包む大きな布団は、面白いくらいすぐにあったまる。どっちの体温だとか、もはやわからなくなるほどに。あのアイドルの曲の歌詞の「境目がなくなるまで」って表現、いいなあ。

いつも家を出るギリギリに身支度する彼は、洗面台の電気を消し忘れても、ドライヤーをする暇を蹴ってでも、後ろ髪が絡まったままでも、「行ってきます」のキスだけは絶対に欠かさない。それはあたしたちにとって、乗るはずだった時間の電車に乗ることよりも大切なこと。いつもあたしがわけもなく突然拗ねて「このアナルうんちマン」とか意味わからないこと言ってみても、彼はキレずにニコニコ抱きしめてくれる、それはあたしたちにとって、喧嘩することよりも大切なことだ。あたしの涙袋をふいに「ぷにぷに〜」とつつきながら目を細める彼の指は、細くまっすぐと伸びていて、綺麗だと思った。

 

今日の一曲

今日も過ぎてく / KETTLES

 

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生身だけで生きていればそれが全て代わりはない

 寝ぼけ眼でそのニュースを見たとき、ぬるい眠りの中にいるのかと錯覚した。可愛いあの子はきっとまだ夢の中。やけに静かな昼を迎えるところで、頭がひどく冷えていく感覚がした。

ミュージシャンの死で、初めて泣いた。嗚咽が止まらなくなった。会ったことも喋ったこともないのに、最近の新譜なんてリアルタイムで追ってなかったのに、ご都合よくわんわん泣いた。これからも新曲を出し続けてくれる、いつでも聴けると思っていたから。変わらず、また戻ってきて、当たり前のように居てくれると思っていたからだ。動揺して、仕事中の夫にLINEを送りたかったけれど、彼も動揺して仕事中落ち込ませてしまったら、と思い「ねえ」とだけ打った下書きは消した。

タイムラインは予想通り彼の話題で溢れた。「やっぱり癌にはタバコと酒はよくない、ロックンローラーは禁煙してくれ」みたいなツイートをちらほら見かけてはいちいち憤慨した。そんなの結果論、後出しじゃんけんのズルではないか。5億回バズったであろう音楽番組の動画を、ご丁寧に無断転載してまで呟くことだろうか。品のない、ファンかもわからない恥ずかしい人間のツイートにこんなにも怒ってしまうほど、あたしの心の余裕はなくなっていた。他人の生き方を否定する権利など誰にもない。と同時に「わかるよ」とも思った。好きな人には少しでも長く生きてほしいもの。本人からすれば、こんな思いはただのエゴでしかないんだけれど。

ミュージシャンやファンが呟く、彼にまつわるエピソードをたくさん見れて、だんだん心が落ち着いてきた。クスッと笑えるもの、胸がじんわり熱くなるもの、みんながたくさん載せてくれて、故人を偲ぶってこういうことだなとわかった。呆けて今日はもう何も出来ないやと思っていたけれど、あたしはあたしの生活をやらなきゃとはっとして起き上がった。バースデーを聴いた。自分が年を取るとともに、その詞の美しさをしみじみ感じるようになっていた。夫が帰宅して「おっチバか」と呟いて、二人で踊って、彼はご機嫌にエレキギターまで弾き始めた。その時点で彼はまだ、訃報を知らなかったのだ。知らないまま最後に弾いたギターのリフはやけに軽快で、どうしたって美しいのは変わらなくて、涙ながらに「チバ死んじゃったって」と伝えた。

今年はたくさんの人が旅立った。年末に盛大なフェスでもやるんか?天国はそろそろ入場規制したほうがいい。そこで観れるのを、あたしは老後の楽しみにする。まだ行かない。それまで、目の前の命と、これから生まれる命を抱きしめながら。

 

今日の一曲

The Birthday / さよなら最終兵器

 

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バースデーを聴きながら出来上がったエビチリ。

ファミリアのデニムバッグを君に

 あたしが死ぬと、きっとあなたも死んでしまう。大げさでなく、今、あたし達は一心同体だ。ふつう、他人とは絶対にわかり合えないし、“ふつう”、自分とその人との間には目に見えないけれど明確な境界線がある。それが今のあたし達にはないのだ。そりゃあ、離れ離れになってからも自分の所有物のように接する人も現れてしまうのだろう。

へそを出したり、タイトなラインの洋服を着るのが好きだった。それらはサイズがキツくて今はもう入らない。自分の体型が憎くて愛おしくてたまらなかった、そんなあたしのくびれがなくなるということ、それはまだ見ぬあなたを、もうすでに自分のことよりずっとずっと愛し始めているということ。うるせえミナミや梅田の街を歩くときは「全員殺す」という気持ちを持っていないと、あなたを守れないとすら思っているよ。あたしただ一人の体が変わっていく感覚だったのが、とてつもない使命感を与えられたヒーローみたいな感覚に変わってきた。変だよね。顔も見たことないし声も聞いたことないのに!まだ見ぬあなたのぷくぷくとしたほっぺたや、作り物みたいに小さな手指、むちむちとした脚を想像してみる。全部食べちゃいたくなるかもしれない。突っついたりいじわるして困らせてしまいたくなるかもしれない。

この世には理不尽なことが多い。テレビやネットはうんざりする政治のニュース、ショッキングな世界の出来事が。耳を塞いであげたいよ。ずっと考えていた、あなたをこの世に迎えていいのか。傷つけてしまうだけではないのか。あたしは、答えを出したときに気付いた。辛い出来事は多いが、反対に楽しいこともたくさんあるって今なら胸を張って言える。ド綺麗事だよ。それに気がつくには随分と時間がかかった。死にたい夜なんてたくさん味わった、それはかなしいことに、あなたが来てくれてからも変わらない。そういうものなのだ。てかあたしがあなたに会いたいだけなんだよ!大丈夫、嫌なことがあったら一緒に逃げちゃおう、あたしは逃げるの大得意。馬鹿みたいに新大阪からわざわざ新幹線に乗って実家に行っちゃおう。犬を撫でよう。武藤敬司に似ているおじいちゃんに、片手で抱っこされてるのを、あたしは眺めてるから。大義名分を成さなくても勉強や運動で秀でてなくてもいい、そばであなたの成長を可能な限りつぶさに見つめられたなら。

 

大きないびきに反応するかのように、真夜中や早朝、時間も憚らず踊りだすあなた。ギターの音色が響くとき、美味しいごはんを食べたとき、ぽんぽんとノックすると返事をしてくれるあなた。そしてあたしはあなたと、毎日腹にキスしてから家を出る夫の無事を祈る。ふたりで手を当ててニコニコ微笑む。料理を作れば、綺麗に出来たほうを彼にあげる。これは、あたしの見栄ではなく愛情表現。いちばん赤ちゃんみたいだった人が、あたしよりずっとしっかりして。彼の黒々としたその目からは溢れんばかりの慈愛を感じる。そのたびあたしは泣きたくなる。

 

「新居広いなあ、なにする、とりあえず踊るか」

「みんな踊れば戦争なんてなくなるのにね」

 

余談ではあるが、最近ちんこを舐めるときに不思議な感情になる。生殖を果たしつつある今、その分野に関してはマジで無意味な行動だなと本能で思っているのかもしれない。つまり愛する男のそれしか舐められなくなってしまったのだ。これが愛じゃなければ、この世に愛そのものなど存在しないのである。多分な。

 

この文章を書いている間にも、応えるようにあなたはノックをする。もしくはキックかもしれない。外は寒くなってきたから、まだゆっくり眠ってていいよ。その時が来たら、思い切りドアをこじ開けておいで、それまでは鍵をかけておいて。みんな、あなたに会えるのを心待ちにしている。あと少し、一緒に何とかやってこうね。最近鉄分摂り忘れててごめん、たまに歩きすぎて疲れさせてごめん。膀胱を蹴るのはそこそこにしてくれたら助かるよ。

 

今日の一曲

胎動 / LIBRO

 

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部屋と陰毛とわたし

 

 男と暮らすということは、家のあちこちに、そしてなぜこんなところに、という場所に陰毛が落ちているということだ、と昔の偉い人が言っていた。たとえ好きな男のそれでも、陰毛であることには変わりない。ルンバほしいな、でもそしたらベッドの下に収納できないよなと考えながら、結局自分の手でコードレスクリーナーをガッと一気にかけて、そろそろ扇風機も掃除したいな、とかも考える。喋ったこともないのに一方的にブロックされている知らん女や、自分の彼氏との喧嘩にあたしを巻き込むだけ巻き込み長文クソLINEであたしの時間とギガを奪い取った挙句全SNSをブロックしてきたあの娘が、裏垢からあたしを監視してる隙に、クエン酸やらハイターを駆使してせっせと磨いたうちの風呂場とシンクは、舐めれるくらいにぴかぴかになってるわけ。あたしは同じことはやり返さない。鼻息荒くするの、みっともないので。好きな男の陰毛ほども興味がわかない人達に費やす時間と体力は、あいにく持ち合わせていない。彼女らは、自分もしくは他人の陰毛と向き合えているのだろうか?ジェントルレーズを5回照射してもうさすがに毛根消滅したやろおもても、ちょっとしたホルモンバランスの崩れでまた生えてくるんやぞ、やつらは。恋人の陰毛を飲み込んだことがあるのか?それをやってしまったら終わり、2日間くらい魚の小骨が喉に詰まった感覚があるんやぞ。酒もたばこも大麻もやっていない、つまりずっとしらふなんだよこちとら!ムキーーー!下着も裸も好きな男にしか見せないし、彼の陰毛もあたししか見ていない。

たまに、あたしは悪辣な人間なのだろうか、と考えてみて、途中でやめる。今はただ、自分の大切なものを守るのに精一杯なだけだ。それを悪と言われるのならもうそれでいい。ただし守ると決めたことは絶対に守るし、やり遂げる。さあ折り返し地点、ここまで守り抜いてきたそれをなぜて、あたしは今日もせっせと床を掃除するのだ。

 

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今日の一曲

バースデーケーキの上を歩いて帰った / チャットモンチー