nuruinemuri

タイトルに偽りアリ

深夜徘徊

お風呂場に置かれたままの彼のペアリングを見ても、応援していた世界一好きなバンドがオーディションに通らなくても、あたしは悲しくならなかった。茹でていた卵がひとつ、湯の中で割れて、黄身がべちゃべちゃと鍋の中で散らばったことのほうが、ひたすらに悲しかった。次第に悲しみは怒りに変わり、その矛先は、彼を6時間も残業させる会社へと向かう。

あたしは何もできなくなった。気がつけば、誰もいなくなった近所の学校や、西友や、駅の出口の狭い階段へ、ふらふらと向かった。ひとりで、人通りも少ない道をふらふらと。夜道はとても苦手だ。夜目がきかないから、方向音痴に拍車がかかる。深い闇に吸い込まれそうになったとき、あれ、あたしこの街に行けるところって全然ないや、と気づき、ふらふら浮遊した魂が、彼の部屋の台所に戻ってきたところで、残業を終えた彼が帰宅してくれた。

彼は、ゆで卵二つ(ほんとは三つ食べたいと言われていたのに)、冷凍していたからあげと大盛りのカレーとをすべて平らげた。さっきまでの怒りはどこへやら、気持ちのよいその食べっぷりに見惚れた。

ふかふかのセミダブルベッドに沈めると、ふたたび深い闇がやってきて、それに抗いながら、長い朝を待ったのだった。