nuruinemuri

タイトルに偽りアリ

夏は一人で眠りたい

 

夏が始まっていたことに気付いたのは、アイスコーヒーの氷が溶けきってからだ。どうやらこの街では、蝉が鳴かないらしい。随分と静かな夏だ。いつまで経っても、ストローを噛む癖も、スニーカーのかかとを踏む癖も治りそうにない。人と暮らしていたときに、辞めたふりをしていたたばこは、もう死ぬまで辞めてたまるか、と決意した。今年は堂々と緑のハイライトを買ってみる。メンソールは夏にしか吸わないのだ。

 

本当は雪駄が欲しかった。黒いビーチサンダルに、藍色のペディキュア塗った足をつっかけて、ぺたぺたとアスファルトを歩いていると、犬の気持ちがわかる。ないはずの肉球が、じりじりと熱される。夏の昼間になんて歩くもんじゃない。なぜみんな、当たり前のように、自分の未来について語れるのだろう。明日すら、来るかどうかわからないのに。一生こんなことを考えて生きていくのかと、現実から視線を逸らすと、蝉の死体が目に入る。声が聞こえなくても、生きていたのか。命は、平等に軽いらしい。

 

人と並んで眠るとき、首筋に、頸動脈に触れて、でたらめに脈拍を測るのが好きだ。自分の心臓の音は、いつもよく聞こえない。鼓動は、どんな音楽よりも美しく聴こえるようにと、人間の本能に備わっているのだと思う。幸せな気持ちになったと同時に、貝印の一枚刃を皮膚にぐっと押し当てて、そこからめりめりと血がこぼれてくる時の快感こそが幸福だと思いこんでいた頃の傷跡には、今でも大きい瞳が住んでいる。丁寧に作られたような、ビー玉のような綺麗な瞳。熱を持ち、白目との境目が曖昧になって揺れる瞳。暑いのに、鳥肌が立つ。いつだって他人の肌は、自分のそれよりも、うんと冷たい。暑いのに、どうかしている。夏は一人で眠りたい。

 

「一人でいたいからそれを選んだくせに、さみしいなんて、どうかしてるよ」

頷く代わりに、少し伸びた前髪を撫でてみたい。

 

 

 

今日の一曲

STUTS,SIKK-O,鈴木真海子 / Summer Situation