夢の中にいるときはいつも泳いでいるように思う。いつだかここに書いたがあたしはカナヅチだ。水がこわかった。というより、水をこわがるとありえん怒鳴られが発生していたので、水にまつわるほとんど全てがこわかった。案じた母に通わされたスイミングは、水慣れクラスをクリアし、泳ぎを習う前にとっとと辞めた。同級生たちの水泳帽に、たくさんのワッペンが誇らしげに貼り付けられていくのを、他人事に見つめていた。
抗うつ薬は、空咳で飲むメジコンとよく似ている。蓋をする。憂鬱な気持ちを、その場しのぎの明るい気持ちで上書きしている。気休めのキズパワーパッドも同様だ。早く治りますようにと祈るように貼る。それを、ふくらみが気になっちゃってついついすぐ剥がすもんだから、傷口はぐじゅぐじゅなまま。口に放り込んだトローチは、すぐに噛む。煩わしいから。手首は切らない。ママになったからね!「5階 飛び降り 失敗」などでひと通り検索したあと、時計に目をやると(時計は持っていないので厳密に言えばスマホだが)、晩ごはんを作る時間だ。何を作ればいいかわからない。今までどうやって作っていたかわからない。ずっと別人があたしの体を乗っ取って暮らしていたような気さえする。そもそもあたしが結婚して子供を産むなどありえないからな。じゃあ本当のあたしはというと、やっぱりずっと泳いでいたのだ。前も書いたけど、息継ぎができないから、25mのプールを息継ぎなしでじたばたとでたらめのクロールで進むしかない。でもプールとは違った。ここは大海原だ。自分で飛び込んだのだから今更「泳げません」じゃお話にならない。12時間も潜っていたら目がしぱしぱする。ねえ眠っている間の黒目ってどこに行くの。てかあたしって出目奥目どっち。ろくにまつ毛が上がらないビューラーは不燃ゴミになるのか。いつも車が3台ほどしか停まっていない、よく言えばレトロなやってんのかやってへんのかわからんパチ屋を横目に、絶対座りでは登りきれへんアホみたいな急な坂を立ち漕ぎでチャリを爆走した先に高校はあって、裏が火葬場だから、部活の最中に時折たんぱく質の燃えるにおいがしたのを、夏になると思い出す。あの頃あたしの肌は今よりずっと真っ黒で、燃やされるときはもっとずっと真っ黒になるのだろうなと思った。料理ができなくなったあたしの体はきっとよく燃える。
薬がよく効いている。今度は、希死念慮に塗れて、風呂には入らすベタついた前髪だったあたしのほうが別人のような気がしてきた。赤ん坊は代謝が良く、その頭皮のにおいを嗅ぐのが好きだった。天一のスープのようなそれが恋しい。久しぶりに音楽を聴いてみようと、カニさんの新しいアルバムを再生する。効いていた薬が切れたようにさめざめと泣く。このアルバムはキズパワーパッドみたいだなと思った。脳みそはまだぐじゅぐじゅのままだ。とても気に入った歌詞をタイトルとしてお借りする。
今日の一曲
スカイマーク / カニコーセン






