nuruinemuri

タイトルに偽りアリ

時は春、 日は朝(あした)

「 藍っていい名前、藍ちゃんが藍って名前じゃなければそう名付けたかった」と夫に言われたとき、あたしの名前が宝石になり、それはあたし自身をも全肯定されているようで、自分が特別発光している感覚になった。

竹を割ってみたら可愛い女の子が出てきた!みたいに、自分の腹を切っただけでとんでもなく可愛い娘が現れたわけだけど、毎朝「誰だこの可愛い生き物は」と一瞬思考停止する。そしておはようと彼女の名前を口にする。いつだったか、あたしは名前をつけるという行為のことを「おまじないみたいだ」とここに書いたことを思い出した。そして「おまじないとのろいは紙一重だ」とも。

彼女が産まれた日の深夜、産後ハイと残った麻酔のせいでサイケでLSDみたいな夢を見ては目が覚めて、日付が変わった頃小さいじょうろみたいな容器で看護師さんに12時間ぶりの水を飲ませてもらってるとき、「あの子が1/365才になったの感慨深い」と送ってくれた人と、一生懸命考えた名前。入院中最後の面会時、彼女の顔を見つめながら、二人で「やっぱりこれしかないね」と言い合いつけた名前。もとより娘への愛に際限はないとはわかっていたけれど、 初めて口に出した瞬間、喉が熱くなり、腹を切った時よりはるかに「もう後には引けない」と思った。

十月十日かけてスタートラインに立って、身体の回復もそこそこに「はいあなた親ですよ育児がんばれ」といつのまにか鳴っていたピストル、よっしゃやるかとダッシュするものの足がもつれ、25mも泳げないくらい息継ぎが下手なあたしは多分陸でも呼吸が下手くそ、ペース配分なんて人生で一度もできたことがない、ぶっ倒れるまで走って走って、足は攣りつつも気合いと過集中でこなすマルチタスク、中間地点のアイラーセンのソファで気絶、ドナドナのごとくゴール地点のベッドまで運び込まれる毎日。

母乳は出なかったワラ。「母乳出ないの?残念だね」「ミルクなんて大丈夫なの」 「やっぱり母乳のほうが」と面と向かって口々に言ってきた母乳神話狂信者たちの言葉がうっかり混ざらないように、喉元まで出かけた「文句あるなら代わりに母乳出してくれよ」という言葉を生唾とともに飲み込みながら、娘への愛を込められるとしたらこれでもかというくらい込めてミルクを作る。どうりで戦争がなくならないわけだよ。母乳かミルクか、こんな些細なことで人間は対立するのだ。戦争反対。こちとら平和主義、仲良くしようや。己の主義だけを主張してこちらの言い分は風と共に去りぬ。攻め込まれたら守らなければいけない?あたしは生憎それどころじゃない。スプーンすりきり8杯数えてるの、わからなくなっちゃうじゃん!外野は黙ってて。ひとつずつ数えて、お湯を入れて、オバ様方への憤りがため息に混ざらないように、いっぱいお飲みよと哺乳瓶の乳首を咥える彼女の瞳を見つめて、空き瓶を洗って消毒して、次の湯を沸かして保温して、それを1日6回ほど。よく飲みよく寝る娘は、よその誰かの心配をよそにすくすく育っていく。そうだ、うちらが育てるんだ、そして娘自身の力で大きくなるんだ。オナニーのお説教なんかじゃ赤ん坊は育たねーですわよ奥さん。

 

娘の姓名判断は、あまりよくない結果だった。大丈夫大丈夫、大谷翔平だって凶なんだよ!画数に頼らない、うちらの力で君を幸せにするのよ。由来や意味なんて後付け、それでいい。娘は知ったこっちゃない。名付けという行為は、結局親の覚悟そのものだ。腹から出てきた君の眩しそうな顔を初めて見たときに、こっそり確信した名前。君への最初のギフト、それがどうか君の未来を照らすおまじないでありますように。あたしにはちょっと眩しい。いつか気に入ってくれるといいな。

 

今日の一曲

朝になって夢からさめて / カネコアヤノ

 

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外泊先にて初めて隣で眠った。男の子と眠るよりときめいた。 そして大谷は3月に書き始めたこの下書きを温めているあいだにヤバいことに巻き込まれていた。