nuruinemuri

タイトルに偽りアリ

今、あたしは実質宇宙

喉元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったもので、すっかり寒くなった今ではもう、あの初夏の苦しみなどほとんど思い出せない。磯丸水産、551、ミスディオール、それらの匂いでえずいては涙目になっていたことなど、遠い昔のことのようだ。記憶は改ざんされ、都合よく作られている体。とても重たい体。「今、藍ちゃんは実質宇宙なのか」と彼は言った。

「好き」と言われるたびにどれくらい?と訊くのがあたしの癖になっていた。MTGが好きな彼は、おそらく語彙力というたくさんのカードを持っていて、瞬時にさまざまなデッキを組むことができるのだ。

木星くらい」「上はエベレスト、下はマリアナ海溝くらいまで」

結婚、つまり家族になるということは「好き」とか「嫌い」とか、そういう次元を超越するものだと思っていた。もちろん、恋人の延長線上に婚姻関係があってほしいけれど、世の夫婦を見ていると恋愛を超えた家族愛がほとんどな気がしていた。だから、ある日「藍ちゃんに嫌われたかと思った」と言われたとき、君はまだそこにいるの、可愛いね、と思った。彼にとってのあたしは「好き」の延長なんだなと思うと、たまらなく愛おしくなった。

 

毎日眠くて眠くて気が遠くなる。まぶたを閉じてしまえば、うっかり1日が終わる。それ以外のことに体力を使うなよと本能が警告しているみたいだ。暖冬だと言われていたが、年が明け、すっかり寒くなった。確かに今年は秋なんてなかった。カナヅチなのに、水の中を漂う夢をよく見る。これがあなたの記憶なら、どんなに嬉しいことか。「寒い」と文句を言いながらもやっぱり冬でも半袖で眠る男を横目に、周りからの「冷やしちゃだめだよ」という教えを律儀に守って、大袈裟なくらい厚着するあたし。冬が寒くてよかったためしなんてないけど、あたしと彼を包む大きな布団は、面白いくらいすぐにあったまる。どっちの体温だとか、もはやわからなくなるほどに。あのアイドルの曲の歌詞の「境目がなくなるまで」って表現、いいなあ。

いつも家を出るギリギリに身支度する彼は、洗面台の電気を消し忘れても、ドライヤーをする暇を蹴ってでも、後ろ髪が絡まったままでも、「行ってきます」のキスだけは絶対に欠かさない。それはあたしたちにとって、乗るはずだった時間の電車に乗ることよりも大切なこと。いつもあたしがわけもなく突然拗ねて「このアナルうんちマン」とか意味わからないこと言ってみても、彼はキレずにニコニコ抱きしめてくれる、それはあたしたちにとって、喧嘩することよりも大切なことだ。あたしの涙袋をふいに「ぷにぷに〜」とつつきながら目を細める彼の指は、細くまっすぐと伸びていて、綺麗だと思った。

 

今日の一曲

今日も過ぎてく / KETTLES

 

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