nuruinemuri

タイトルに偽りアリ

冬はオタサーの姫しか生き残れない

最後の日は、車で送ってもらったくせに、いつも逃げるように実家に帰っていた時みたいに、でもそれよりも極めてぶっきらぼうに「ありがと、ほなね」とだけ呟いて去ったその駅と町は、一年ぽっちじゃ何も変わっていなかった。観光地でもない場所にさえ適用される、極端な「景観を大切に」みたいな条例が未だに好きになれない。鳥貴族が白いから好きになれない。犬があまり歩いていないので好きになれない。だから、西院駅の地上に出るときの、業務用扇風機でもつけているような、生ぬるい地下風しかあたしに優しくない。

人一倍、季節の変化に敏感なのかもしれない。病院の先生は、気温差によるアレルギーかもね、と言った。多分「季節の変わり目に風邪をひく誰かさん」も、風邪ではなくて、寒暖差アレルギーだったんじゃないか。

そうだ、この町の冬はとにかく寒かった。実家に、神戸に行ってはまたそこに帰るたび、あたしを責めるみたいに寒かったのだ。缶チューハイを持つ手がかたかたと震えて、久しぶりに見た車窓からの景色がぼんやりと滲んでよく見えない。鞄の紐が突然切れて、今日こそは破らまいと慎重に扱っていた網タイツが破れて、咳がひどくなって腹筋が攣って、神様に叱られているみたいだった。

まるで歓迎されていない。来るには早すぎた。たくさん飲んだはずなのに、珍しく酒に酔えなくて、逃げるように帰った。喉が異常にムズムズする。一年以上担当美容師に切ってもらっている前髪を自分で眉毛の上までガタガタに切りたくなる。貼ったばかりのちょっといい絆創膏の端を爪でカリカリ引っ掻きたい気持ちになる。彼氏の赤子のようなほっぺたを食べたい気持ちになる。来るには早すぎた。別に未練も思想もトラウマも何もないのに、寒いってだけで不安になるから冬は苦手だ。君の左ポケットにあたしの右手がお招きされるくらいじゃ、好きになんてなれるわけがない。窓から寒そうに肩を抱く通行人を見おろしながら、羽毛布団と毛布に潜って、アラームもLINEの通知も全部無視して、今何時かわからなくなるくらい、冷たいところがなくなるまで抱っこされていたとしても、冬を好きになれるかわからない。

 

人一倍、季節の変化に敏感なのかもしれない。病院の先生は、気温差によるアレルギーかもね、と言った。ずっと思っているけど、あたしが平安貴族なら和歌で無双しているのに。毎年呟いている歌をここで一句。

 

缶酒を持つ手のひらの冷たさで身に染みわかる冬の始まり

 

寒いことを「エモい」と揶揄して、鍋パに誘われまくって、ルナルナにハートマークをつけることで自己肯定感を高め、あまつさえ生命力を蓄えているオタサーの姫に、あたしはなりたい。

 

 

今日の一曲

SOROR / 大人の恋愛 feat.大森靖子

 

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家族が増えた