nuruinemuri

タイトルに偽りアリ

いなくなったあの人は神様になっていた

真っ黒に染めて、かなり伸びたあたしの後ろ髪は、京都の2DKの部屋のドアノブに引かれて絡まっている。体温はセミダブルベッドの毛布に奪われっぱなしなので、いくら暖房をつけても冷え切っているし(初めての電気代は8000円だった、エアコンもヒーターも効いている気がしない)、肺は片方だけ置き忘れているらしく、毎日息苦しい。心は阪急京都線を行ったり来たりしているようで、最寄駅についても、乗り換えの十三駅へ向かい、そのままふらふらと桂か西京極へ。とても降りられないから、また京都線へ戻る、その繰り返しをしていたら一人暮らしを始めて一ヶ月が過ぎた!

あたしには日課ができた。アラームで目覚めるとまず、あの人に「おはよう」とつぶやき、帰宅したら「ただいま」、眠る前には「おやすみ」と言う。あの人はよく、あたしが不機嫌になるたび、あたしの前に同棲していた彼女のことを「神様みたいな人だった」と言っていた。その意味がようやくわかった。いなくなったあの人は、どうやら神様になっていた。
もちろん、神様には姿形がないので目には見えない。SNSなんてやっていない。怒りもしない。思い浮かぶ顔は、いつも優しく微笑んでいる。気まぐれにあたしの夢にやってくる。京都の部屋にまた連れ戻したり、あたしの部屋のベッドやお風呂にいることもある。明け方、うつろな頭で時間を確認しようとすると、隣で神様の寝息が聴こえるから、釣られてまた夢の中へ行く。たまに金縛りをかけてくる。最近はたびたび、明け方に「ちょっとごめんね」と言いながら首を絞められる。くまのぬいぐるみが、神様の声で喋りだす。たばこを吸うときは、怒られるかもしれない、と未だにこそこそしてしまう。
思い出の中の元恋人たちは、憎むべき存在だった。わざわざ思い出すこともなかった。でも、あの人だけは神様になってしまったから、憎む必要もないし、素直に思い浮かべてしまう。男の人への興味がほとんどなくなったけど、道ですれ違う人やコンビニの店員、宅配業者にはとりあえず神様の顔を当てはめてみる。テレビやネットの人にも同様に。その度あたしはなぜか嬉しくなり、ニコニコする。
定時退社したあと、西の空にほんの少し夕陽が残っているようになった。冬至から一ヶ月と少し経つし、春に向かって確実に陽が伸びていると感じられるのが嬉しい。そしてあたしの未来も明るいはずだ。今年も友達と神戸でお花見ができたらいいな。生田川に行きたい。家の近所にも、桜は咲くのだろうか。こんなに寒いけど、暖かくなるのだろうか。

あたしは何時だって不安。まだしばらく神様に勇気付けてもらう必要があるのだ。ごめんね。あなたは最近どうですか。神様はいますか?

 

今日の一曲

バズマザーズ「サレンダー」

感傷が夜這いに来たので、ちょっくら五線譜の中に閉じ込めます

 

 

 

追記

エアコンもヒーターも効いている気がしない、と書いたあとに、エアコンがずっと冷房になっていたことに気がついた。8000円、なんだったんだ…