nuruinemuri

タイトルに偽りアリ

自分が一番痛い時期を知っている人には人質に取られている気分

ミニスカートで歩いていると、じっとりとした湿気が毛穴を覆う感覚で、あの夏もほとんどこんな気候だったかもしれない、と思いたくなった。

別にあたしは弱っていない。毎日楽しく幸せに過ごしている。しかし根底が変わっていないのか?やっぱり引き寄せの法則ってあるのだ。こういうときのあたしは、神様に試されているとしか思えない。突然すべてが恐ろしくなった。

 

虫も殺さぬような善人の顔をしていて、人を惹きつけて離さない、花のような人間と数年ぶりに再会した。

初めて見たときも、彼の周りには誰かがいて、彼を見に来たのに何も言えず、こっそり入ってこっそり立ち去った日を思い出した。思い出は決して捨てたわけじゃなく、あの坂道や、実家のCDラックや、とっくに壊れたイヤホン、ログインできなくなったiTunesに、大切に大切に仕舞った。恋をすると全員ばかになると思っているけれど、なかでも当時のあたしは飛び抜けてばかで、あの人のそばにいた大人に裏に連れて行かれてお説教をされても、へらへらと笑いながら「でもあたし、あの人のこと大好きなんですよね!」と言い切ってみせた。何故だか何もこわくなかった。どこまでもばかだった。

あたしはあの頃ずっと、ワタナベシンゴや歌王子あびや、あの人になりたかった。彼らの詩は気取らないのに眩しく、なのにどこまでもロマンチックで、等しく美しくて、それらはもはや、あたしの経験してきたことにすら思えた。追いかけていれば、あたしも同じくらい輝けると思っていた。本当は、彼らが反射させた光をただ浴びていただけなのに。

別れ際、あの人は「君と会ってしまうと、やっぱり自分がかき乱される」みたいなことを呟いた。それはあまりにもパンチラインで、咄嗟にそんなことを言えるのが狡く、あたしの脳みそを容易くでろでろに溶けさせた。これがフリースタイルバトルなら満場一致のクリティカル負け!仕舞っていた数年前の記憶がぶわっと蘇る。なんかもう、それだけでよかった。この人は、喋っているときも、歌っているときと同じように眉毛をきゅっと下げる。むしろ、語りかけるように歌っているのかも、とかぼんやり考えながら、黒目が綺麗だなと思った。そうだった、今ならわかる。あの時のあたしは、ただこの人に髪を乾かして欲しかっただけだったのだ。

ひとりで帰るための、あまりにも愛おしいあたしの部屋があってよかった。多分このままあの人は漠然とすごくなるし、どうやらあたしももっとかっこいい人間になるらしい。湿気とは裏腹に、晴れ晴れとした気持ちの良い再会だった。うちのどこかにいる神様はきっと、あたしの頭を犬にするみたいに撫でてくれていたにちがいない。

 

 

追記

今日の一曲

DIALUCK「ためいき」