nuruinemuri

タイトルに偽りアリ

地獄へようこそ

地獄への入り口は案外すぐそこ。絵本で見るような、針山がそびえたっていたり、血の池がわかりやすくあるわけでもない。誰も教えてくれない。やわらかくて、あたたかくて、いいにおいまで思い出せると気付いたときには、もうそこに片足を膝下くらいまで突っ込んでいるのだ。

彼女がどのようにそこへたどり着いたか、説明しよう。いや、説明するまでもない。目がまわりそうな、実際半分くらい目をまわしながら、たまに白目をむきながら、なんなら目を開けて眠ったまま過ごしていた日々に慣れて、ひとつも見当たらなかったはずの喫煙所が通勤路で何軒も見つけられるようになったころ。そのころには寝る前にアロマを焚いたり、顔にスチーマーを当てられるようにもなる。それが始まりだったように思う。新しく買ったマットレスが、自分の身体のかたちにしっくり馴染んできたとき。湯船に足を伸ばして頭まで浸かるとき。とんでもなく美味しい肉じゃがを作れたとき、玄米をうまい具合で炊けたとき。変な夢を見たとき、その夢にあの人が出てきたとき。そこはもう見渡す限りの地獄だった。彼女への罰は始まっていた。あなたがいる世界が天国だとしたら、それ以外は地獄でしかないのだろうか。他人事だと思って読んでいるでしょう。あなたが気付かないことを祈ります。誰だって、地獄よりかは天国へ行きたいはずですもの。

それはそうと、彼女は御朱印帳を買い、それを収集しようとくわだてている。無宗教なのに。地獄やらなんやらの話をしたあとなのに、おかしい。手始めに、有名な神社に行った。2月なのにほのかにあたたかく、春うらら、境内には後光がさしていた。思わず涙が溢れるほど美しかった。しかし、目で見た美しさはなかなか写真にはうつらないのだ。それだけで胸がいっぱいになり、御朱印帳は買いそびれた。

部屋に、はるか遠くの街からCDが届いた。住所から名前まで全て手書きの文字が書かれたそれは、ピザ屋やインターネット回線のチラシに紛れて、居心地悪そうにポストにいた。大事に小脇に抱えて持ち帰ると、紙ジャケのビニールをそっとめくって、デッキにセットをする。再生ボタンを押し、歌詞カードのつるつるとした紙の感触を確かめながら、メロディに合わせて一文字一文字を指でなぞると、そこから歌声がぽろぽろとこぼれてくるようだった。

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音楽は、バンドは、そこにいる。自分が聴けないときや、観れないときがあっても、待ってはくれずとも、いつだってそこにいる。今必要な音楽は、自然とあちらから来てくれる。それはきっと、知らないうちに自ずと求めているから、歩みよってくれるのだろう。一人の部屋に彼がいるようで、子供みたいに幼気で、優しいのに寂しくて、甘ったるいのに苦くて、真っ暗な部屋に灯るろうそくみたいな一枚だった。

 

またあいたい

あたまいたい

 

今日の一曲

歌王子あび「百年(のアルバム全曲)」

 

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