nuruinemuri

タイトルに偽りアリ

女はギター 

あまりにもあつくなってしまったから、水でも飲もうかと冷蔵庫のドアを開けると、わさびだの生姜だののチューブがばらばらと落ちてきた瞬間、目を離したすきに鍋から吹きこぼれた野菜を茹でるための湯のように、作りかけの起爆スイッチの配線を誤ったように、徹夜で並べたドミノのひとつにほんの爪先がかすめたように、すべての悲しみや憂鬱がいっぺんに地を揺らした後の波として、嵐の後の土砂として、あたしに押し寄せてきた。苦しい。こんなに苦しいのなら、いっそのこと宇宙に行きたい。酸素なんていらない。宇宙のチリになってぷかぷか漂って、そのうち小惑星と合体して、流れ星になって、一瞬でもいいから強烈な光になりたい。それが無理なら苦しくなくなりたい。

兎にも角にも、さらわれたコルセットを取り返しに行くために、知ってる街の知らない場所にいる、知らない人のもとへとタクシーを走らせ、そこではピアスを開けたてだということ、しかもそれを失敗したということをあらかじめ伝えそびれたせいで、あたしは血生臭い生き物なってしまったわけである。海で釣ら上げられた後、ろくに後処理もされず、そのまま無造作に市場へと放り出される。仕方がないので、乾涸びた体で陸を泳いでいた。その人は夏に不似合いなひんやりと涼しげな名前と裏腹に、筋張った手はたっぷりと太陽を浴びたとしか思えないほど熱かった。正しく美しい人間の肌は、驚くほどに水を弾く。コルセットは見つからないままだ。

人と仲直りするのは得意。でも別れ際は苦手。小説や映画は好き。でも物語が終わるのは嫌い。結末に関わらず淋しくなるから。何かを始めるのは好き。続けるのは結構難しい。

せっかく教えてもらったギターのコードを忘れてしまった。狭い部屋で、アンプを繋がずに鳴らしたそれは、雨音のようだった。お酒を飲んでいてもいなくても、毎日毎日いろんなことを忘れていく。夢オチとは言わせたくないな。大好きな曲が、全然違って聴こえた。湿ったあの部屋のリッケンバッカーに性別があるとしたら、きっと女に違いない、とあたしは決めつけた。

マットレスはずっと同じ向きで寝ていると沈み具合がまばらになってしまうので、時折枕の向きを変えて眠る。視線が変わると、床に花びらが散らばっているのが目に入り、ドライフラワーの花瓶を倒したかしら、と思ったが、生花のそれが自然と落ちたあとだったことに気づく。自分では普段買わない生花。花も確かに生きていた。始めさせてくれてありがとう。続けていきたいな。

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今日の一曲

I WAS BORN TO R&Rに捧ぐ/THEロック大臣ズ

 

雨はやっぱり苦手だけど、雨の歌って大好き。

とにかく歌詞が美しい。小さい頃母に読んでもらった絵本を思い出す。

忘れてく 悲しいことぜんぶ!